サイトアイコン シネママニエラ

アスガー・ファルハディ「映画『セールスマン』は家族関係の複雑さを描いた作品」

「映画監督として自分の才能を限定しない限りは、イランに開かれた窓を提供する機会を与えられていると思っています」

©Habib_Majidi,SMPSP

映画『セールスマン』はアスガー・ファルハディ監督が5年ぶりに母国イランで撮り上げ、第69回カンヌ国際映画祭脚本賞×男優賞のW受賞を皮切りに、世界中の映画祭で高く評価された作品。映画『別離』に続き2度目となるアカデミー賞外国語映画賞に輝いた。そんな同作について監督が語った。

監督・製作・脚本 アスガー・ファルハディAsghar Farhadi

「(この作品の成り立ちは)私は頭の片隅に残るようなシンプルな話をいつもメモに取っていて、イランで映画を撮ることになったので一年以上にわたって書き留め散らかったノートを整理し始めました。それとは別に、私はいつも演劇の世界を舞台にした映画を撮りたいと思っていました。若いころ私は演劇をやっていましたので、私にはとても意味のあることなのです。このストーリーは、演劇の設定にとても合っていたので、舞台役者の話ということで脚本を膨らませていきました。説明したり、要約したり、自分にとって何を意味するのか言葉にするのが、本当に難しい作品です。すべては、観客それぞれの個人的な関心事や物の見方によるのです。もしこの映画を社会的な主張としてみるのであれば、その人はその要素を記憶にとどめるでしょう。また、この映画をモラルの話、あるいはまったく違った角度からを観る人もいるかもしれません。私に言えることは、この映画は人間関係、特に家族関係の複雑さを描いた作品であるということです」

「イランでは子供の時に、男と女を分けることを学びます。【ガードは固くあれ、身体や家族は隠すものである】という考えを私たちは持っています。プライバシーを尊重することの欠如です。私は、それに対して意見しているわけではありません。ただ、そういったことが存在するということを言っているのです。このプライバシーの問題に加えて、世間の目もあります。他者があなたを見る目、それがとても重要です。それから映画によってプロセスは違いますが、本作の配役に関しては、この映画の概要を書いているときから、この夫婦役を誰が演じるか考えがありました。それが、映画の世界に入っていくのに大変役に立つのです。撮影中、私はとても安心した状態でいられました。なぜならみんながそれぞれ役柄のテイストを理解していたからです」

©Habib_Majidi,SMPSP

「エマッドとラナの夫妻は、イランの中流階級です。しかし、二人の関係性、あるいは各個人としては、この二人が中流階級の夫婦の典型とはいえません。二人のキャラクターは、観客にこのカップルは他の夫婦とは違うと思われないようなシンプルな設定にしました。それぞれ個性を持った普通の夫婦。二人は、ともに文化人であり、舞台にも出演している。しかし、二人は、それぞれの性格の予期せぬ側面を露呈する事態に直面することになるのです。各キャラクターに対して私の頭の中にイメージがあります。役者は、それぞれの役のバックグラウンドを膨らませていき、一緒に議論を重ねることもあります。時には、かなり意見が食い違うこともありますが、その違いがキャラクター自身に大きな影響を与えない限りは、そのままにします。しかし、影響が出る場合は、それを変えるように指示をします。タラネ(アリドゥスティ)から「なぜラナは家族と一緒に住んでいないの?」と聞かれました。私は「彼女の家族は違う町に住んでいる」という考えを伝えました。そうすると、彼女は「わかりました。それではこれから私はこの役柄を今までとは変えて演じます。だって、彼女は地方出身ですから」と言われました」

「(アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」選んだ理由として)私は学生の時に「セールスマンの死」を読み、とても胸を打たれました。たぶんそれは、人間関係を描いているからだと思います。とても成熟した脚本で、いろんな解釈ができます。とても重要なポイントは、都会であるアメリカの突然の変化によって、ある社会階級が崩壊していく時代の社会批判です。急速な近代化に適応できない人々が崩壊するのです。その意味で、この戯曲は、私の国イランの現在の状況をうまく捉えています。物事が息つく暇もないほどのペースで変化しています。そこにある選択肢は「適応」するか、または「死」です。この戯曲の根幹である社会批判は、今のイランにあてはまるのです。またこの戯曲のもう一つのポイントは、家族、特にセールスマンと妻リンダのような夫婦内の社会的関係の複雑さです。この戯曲には、とても強い切実な訴えがあります。それは感動を与えるだけでなく、観客に微妙な問題を考えさせるのです。舞台では、エマッドとラナは、セールスマンとその妻をそれぞれ演じています」

映画『セールスマン』あらすじ

教師エマッドとその妻ラナは、小さな劇団に所属し俳優としても活動している。ある日、引っ越して間もない自宅でラナが侵入者に襲われてしまう。

「映画監督として自分の才能を限定しない限りは、イランに開かれた窓を提供する機会を与えられていると思っています」

映画『セールスマン』(スターサンズ/ドマ 配給)は2017年6月10日[土]よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開
映画『セールスマン』公式サイトhttp://www.thesalesman.jp/
公式SNS 映画『セールスマン』Twitter | Instagram | 映画『セールスマン』facebook

アスガー・ファルハディ[Asghar Farhādī]監督プロフィル

監督・製作・脚本 アスガー・ファルハディAsghar Farhadi
1972年、イラン・イスファハン生まれ。13歳の時に初めて短編映画を撮り、大学進学までに5本の短編を制作。イランのヤングシネマ・インスティテュートで学んだのち、テヘラン大学でも映画を専攻した。大学在学中に数多くの学生演劇の台本執筆、演出を手がけ、この経験がその後の映画作りのスタイルに大きな影響を与える。日本で初めて正式公開された『彼女が消えた浜辺』(09)は、群像劇の形を取ったミステリアスな心理サスペンスで、ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞。そしてイランの社会事情を絡めてひと組の夫婦の葛藤をスリリングに描き上げた長編第5作『別離』(11)はベルリン国際映画祭で金熊賞と銀熊賞(男優賞、女優賞)を受賞したほか、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、セザール賞の外国語映画賞を総なめにし、ファルハディ監督の名声を一躍高めた。2011年にはタイム誌の“最も影響力のある100人”のひとりに選定されている。初めてパリを舞台にしたフランス&イタリア合作映画『ある過去の行方』主演のベレニス・ベジョがカンヌ国際映画祭女優賞を受賞。現在、ペネロペ・クルスとハビエル・バルデム夫妻を迎えてスペインで撮影される新作の準備中。

【関連記事】
セールスマン(原題 FORUSHANDE ) – 映画予告編
アスガー・ファルハディ監督の記事
予告編で観る!今週の映画ランキング
映画公開カレンダー2017年

モバイルバージョンを終了