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ディーン・フジオカ『海を駆ける』完成でインドネシアの魅力を熱弁!

俳優のディーン・フジオカが5月7日、主演映画『海を駆ける』の完成披露上映会に太賀、阿部純子、鶴田真由、深田晃司監督とともに出席。全編インドネシアでロケを敢行した本作について、撮影を振り返りながらディーン・フジオカは「インドネシアの魅力をもっと知ってもらいたい」などと語った。

左から鶴田真由、ディーン・フジオカ、太賀

本作は、深田監督が2011年東日本大震災後に大学研究チームの震災復興のリサーチに参加し、2004年スマトラ島沖大震災で津波による壊滅的な被害を受けつつも復興を遂げた街バンダ・アチェを訪れた際に、想起した物語。

ディーン・フジオカ、傍観者になって欲しくない!

フランス、インドネシア、中国で本作の公開が決まったという発表に、ディーンは「一人でも多くの人に観てもらいたいし知ってもらいたい。そして、自分と関係があることだと思ってもらいたい。常に何をやるにしても、そうあるべきだと思っています」という持論を述べた。これは単なる傍観者になって欲しくない!という正義感と思いやりの込められた発言であるように感じられた。さらに「監督の功績があって、この作品が世界で公開されるのは喜ばしいこと。個人的には、どこの国であろうとも、地球という枠の中」とグローバルな考えも伺えた。

ディーン・フジオカ「インドネシアの魅力をもっと知ってもらいたい」

インドネシアでの日々を共演者たちと振り返る

バンダ・アチェの街は朝5時にアザーン(イスラム教の礼拝合図)で目覚める日々。日系インドネシア人を演じた太賀は「(現地の風習に添って)歌いまくっていましたし、言葉も習いました。せっかくなので新しいことを吸収したくて、ディーンさんからはインドネシア流の手を使った食べ方を教えてもらいました。3本指でつまむのか4本指か、とか。最終的にはノールック(対象物を見ないで)食べるとか」と話す。そんな太賀の姿をやさしいまなざしでみつめるディーン。

ディーン・フジオカと太賀

バンダ・アチェ(以下、アチェと表記)の話題が盛り上がると、ディーンは思い出したかのように「アチェのコーヒーが美味しい! それまで僕はコーヒーは飲めなかったんですけど、(コピルアックのような)最高峰のコーヒーは最高ですし、水に豆を入れてゴクゴク飲んでいる人もいる。それを飲んでいたら、美味しいものだと感じました」と笑顔を見せる。

あまりの熱弁に深田監督が「インドネシアの観光局の人みたい!」ともらすほど。するとディーンは「僕は基本そうです。もっとインドネシアの魅力をみんなが気づいたらいいなと思って日々生きています」と言い切った。

クロストークの様子

そんなアンバサダー的な役割を担うディーンが鶴田に尊敬のまなざしを向けていた。それは「撮影のない日が一週間ぐらいあって、そうしたら鶴田さんはジョグジャカルタに一人で行かれたんです。役柄とも関係することなので、そういう役作りに対してリスペクトしています。どうしてかというとインドネシアの交通網って他の国と異なりすぎて、僕も慣れるまで、どう移動したらいいのかわからなかったぐらい」と理由を語り、ピンとこない観客に向けて「移動距離としては東京から北京ぐらいの感覚です」と説明した。
※Googleで“バンダアチェからジョグジャカルタまで”と検索をかけると約3千キロとでる。

すると鶴田は「確かに旦那さんがジョグジャカルタにいる設定でしたから」と同意しつつ、「移動時間は覚えていませんけど乗り継ぎしてたぶん半日ぐらい」だとさらり。さらにそういう役作りはディーンさんもなさるのでは?と互いのプロ意識を尊重する雰囲気に。

そして、本作鑑賞のアドバイスに及ぶ。深田監督とディーンは「それぞれの視点があって、その中での阿部ちゃん(ディーンさんによる、阿部さんの呼称)の演じた女性は、日本の観客の視点に近いものがあると思う」と一番に感想を語ることになった阿部をフォロー。

ベテランの鶴田はさすがの解釈。「監督のお考えでは、言葉にしきれないモヤモヤしたなものを持って帰ってもらって、考えてもらいたいのでは?と思いました」。そして「私とのラストシーンでのディーンさんはものすごく美しくて、なんて綺麗な目をしている人なんだろうとお芝居をしながら見とれていました」と語るや、ディーンファンが歓喜。

続いて、太賀。「脚本を読んでいるし現場もいたので内容は理解しているはずですが、また違った作品になっていたことにすごく興奮しました。これまで見たことのないタイプの映画。紛れもなく深田さんの作品だと思える何かがあった。見終わった後の感覚は(言語化されていない気持ちを無理に)言語化する必要がないのだと思いました。スルメムービー、観終わった後に味わい深い映画」。この“スルメムービー”という例えにディーンはお気に召したようで大笑いをみせた。

降壇時のディーン・フジオカ

「未来に対する希望。つまり、自分はどうありたいのか」

そしてディーンの番に。「完成作は鶴田さんと阿部ちゃんと初号試写で見たんですけど、現場の楽しさを思い出して笑っちゃって」と前置きしてから、真顔に。そして「印象的なのは、監督が書かれた脚本の冒頭「宇宙には満足している。でも、この世界には不満足だ」でした。それは、(ご自身が演じた)ラウの存在や、この作品を言い表していると思っています。僕らを取り囲む環境や世界は同じように見えていたとしても、見る角度やスケールによって解釈は様々であること」。

さらに「それがアチェの場合は、独立戦争という内戦をしていて、人間の業の深さや他者を傷つけるといった日々を過ごしてきた。大きな津波、自然災害で多くの方の命が亡くなっている。でも、『そのおかげで人間同士の傷つけ合いが止まった』と(前向きに)解釈できる人たち。アチェの人々は(スマトラ島沖地震において)誰かを失っていて傷ついているという、みんなが自然災害の被害者。けれども、あの場所で過ごして未来に対する希望を感じられた。つまり、自分はどうありたいのか、それ次第だと思えた」と言葉を選びながらも一気に吐露。最後には「だからこそ観客の方一人ひとりが、どう思われるかすごく興味があります!」と呼びかけていた。

深田晃司監督

この映画で、自然とは何か?など想像する機会となれば

深田監督は、映画作りについて述べた。「まず自分が見たいものを撮る。ですが、今回は一部だけ違う意識があります。バンダ・アチェを訪れたことが大きくて、その当時は津波の被害がまだ生々しく残っていた。2004年に17万人が亡くなられた。あの当時、(日本のテレビ)ニュースで流れた映像は凄まじいものでしたけど、正直自分のこととして受け止められていなかったと思います。でも、(東日本大震災)東北の映像によって、そういった思いは身近に感じられました。日本の方々はその記憶があるからこそインドネシアの悲劇についても気持ちを寄せられるのでは?と考えました。映画を見ることで、自分にとって自然とは何か?などを想像する機会となれば。そういうことが大事だと思っていて生き方に影響を与えることを僕は期待しています」と語った。

深田監督に、フランス文化省から芸術文化勲章シュバリエ(騎士)が授与されることが発表された。

こちらは速報です。明日、更新します。→ 更新しました。

映画『海を駆ける』(日活、東京テアトル配給)は2018年5月26日[土]より全国公開

参考:2004年12月26日、スマトラ島沖地震。同地は大津波によって甚大な被害を受けた(映画『インポッシブル』など)。なお、かつての内紛は津波後の2005年、休戦締結したという。またバンダ・アチェはインドネシアで最も敬虔なイスラム教徒が居住する地域とされている。礼拝の時を示すアザーンは一日に5回。

左から鶴田真由、ディーン・フジオカ、太賀

映画『海を駆ける』公式サイト http://umikake.jp
ディーン・フジオカ×深田晃司監督『海を駆ける』予告編・作品情報

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