唐沢寿明「杉原千畝さんの功績を多くの方々に知っていただきたい」



アグニェシュカ・グロホウスカ、ボリス・スジック、唐沢寿明、小雪
アグニェシュカ・グロホウスカ、ボリス・スジック、唐沢寿明、小雪
[シネママニエラ]俳優・唐沢寿明が主演をつとめ、実在した外交官・杉原千畝さんの半生を映画化する『杉原千畝 スギハラチウネ』の製作報告会見が5月19日に都内のホテルで行われた。この日は唐沢をはじめ、小雪、チェリン・グラック監督とプロデューサーの奥田誠治、飯沼伸之の両名、それにポーランド人キャストのボリス・スジック、アグニェシュカ・グロホウスカがこの会見のために来日し登壇した。

本作は戦後70年特別企画として、チェリン・グラック監督をはじめとする映画『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-』の制作チームが再結集。日本人が誇るべき人物でありながら、多くの日本人がよく知らない偉人の素顔に迫る歴史超大作だ。多くの難民の命を救った杉原千畝役に唐沢寿明。千畝の妻・幸子役に小雪、千畝の右腕・ペシュ役にボリス・スジック、千畝の同僚イリーナ役にアグニェシュカ・グロホウスカ。

唐沢は「杉原千畝さんの功績を多くの方々に知っていただきたい」ときっぱり。役作りは、主に資料を読むことだったそうで、「ただ、千畝さんが本当は何を考えていたか、なぜ、ああいうことができたのかは誰にもわからない」と真摯な思いを吐露。この思いにキャストも同調する。小雪は「ポーランドでは誰もが杉原さんのことを知っている」と語り、アグニェシュカ・グロホウスカも「あのような状況下での英断は、もっと早い時期に語られるべき物語だと思う。完成作を観た杉原さんが喜んでいただけるものになれば」と話す。

難役に臨んだ唐沢について、小雪は「唐沢さんはムードメーカー。異国文化のなかでも、俳優として強い忍耐力で自身のコンディションを良い状態に持っていく姿に改めて尊敬しました。わたしが体調を崩しかかった時には健康管理の方法を教えていただきました」と感謝を口にした。また「激動の時代に生きる人物を演じたことで、分かりやすく言えば『ただぼーっと生きていてはいけない!』と、考えさせられる現場でした」と振り返った。

ボリス・スジックは「自分が演じたのは杉原さんと戦後も死去まで交流が続いた人物で、ご遺族からそういった逸話が綴られたお手紙をいただいた」という真面目な語りもあれば、「初来日はワオ!って感じ。僕をキャスティングしてくれたチェリン監督には先見の明があると思う」などと陽気に茶目っ気たっぷりな語りで、もうひとりのムードメーカーぶりを発揮。唐沢の印象では「現場でも常に話していた」とのこと。ノリの良さは共通しているように見受けられた。

実はこの会見には、杉原さんのご遺族が来場されており、唐沢は誠意を表明するためにシリアスを貫こうと試みるが、ボリス・スジックの思いは少しばかり異なり、唐沢に対して現場同様にフレンドリーに接する場面も。神妙になりがちな会見にあたたかな笑いをもたらした。そういう製作陣の人間らしさに基づいた、本作にかける熱意と誠意がご遺族にも伝わったであろうことが伺えた。撮影は既に終えており、現在ポストプロダクションの真っ最中の本作。【映画で知る世界=日本編】として、真実の物語にぜひ注目して欲しい。

映画『杉原千畝 スギハラチウネ』は、2015年12月5日[土]より全国東宝系にてロードショー

映画『杉原千畝 スギハラチウネ』あらすじ

外交官の杉原千畝は1934年の満州で、ソ連北満州鉄道譲渡の交渉を成立させる。彼は在モスクワ大使館への赴任を望んだがソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」として入国を拒否されてしまう。そして杉原は外務省の命で、リトアニアの首都カウナスの日本領事館での勤務することに。

日本公開=2015年12月5日
配給=東宝
公式サイト http://sugihara-chiune.jp/
©2015「杉原千畝 スギハラチウネ」製作委員会

【映画で知る世界】杉原千畝(1900-1986)

第二次世界大戦下に、外交官としてリトアニア(の当時の首都)カウナスの領事館に赴任し、ナチス・ドイツの迫害による難民たちに人道的見地として、外務省の訓令に反してまでも大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000名の命を救った。ドイツ人実業家オスカー・シンドラーになぞられて「日本のシンドラー」とも。また、杉原さんはインテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)でもありロシアと親交があったことから、当時のソ連側より外交用語の「 Persona non grata (ペルソナ・ノン・グラータ|歓迎されざる人物)」とされた。

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