パスカル・プザドゥー 映画『92歳のパリジェンヌ』はあらゆる世代の死に対する見方を描きたかった

映画インタビュー

[シネママニエラ]命あるものがいつか迎える最期。その終わりに「前向きに向かい合う」とは?をテーマに映画を撮り上げた女流監督パスカル・プザドゥーが、映画『92歳のパリジェンヌ』では「あらゆる世代の死に対する見方を描きたかった」などと作品に込めた思いを語った。92歳で「尊厳死」を選ぼうとするマデリーンと家族の優しい終活はこうして誕生した。

パスカル・プザドゥー「今を最大限生きることの重要性を伝えたい」
パスカル・プザドゥー監督 ©2015 FIDELITE FILMS – WILD BUNCH – FRANCE 2 CINEMA – FANTAISIE FILMS

パスカル・プザドゥー「あらゆる世代の死に対する見方を描きたかった」

「誰も批判しないというのが、この映画の絶対的な取り決めでした。主人公は“死”です。最後に勝つのは死であり、死を前にすれば、両親との関係にもよりますが、誰でもできる範囲内で反応します。何らかの理由で、子供の頃から両親を恨んでいる人間は、彼らが死を選ぶことを決して受け入れません。本作の息子の場合も同じです。親の死によって再び見放されるように感じるからです。逆に両親と良好な関係を築いてきた人間は、親の決断を支持します。私はあらゆるケース、あらゆる世代の死に対する見方を描きたかったのです。最初は祖母の味方だった孫息子は途中で立場を変えます。孫娘の1人が死とは何かを想像するために眠るふりをする時、彼女は死というものを詩的に見ているのです。

人生の終末に自ら選ぶ死というテーマを扱うことにしたのは、10年前にノエル・シャトレ(著者)の「最期の教え」を読んで、大勢の人がそうだったように衝撃を受けました。ノエルは母親の死後すぐに本を書いており、(映画化にあたり)死から劇的な要素を排除したいと考えていました。劇的になったり、死を扱ったりする映画が時に耐えられないのはなぜか。それは笑いや生を取り去ってしまっているからです。でも死はそういうものではありません。死が差し迫った時、もっと生きたいという感覚と非常に強い臨終の感覚を体の中に感じ人はつぶやくのです。「その日を摘め(今を生きろ)」と。私が参考にしたのは『みなさん、さようなら』でした。悲劇的であると同時に滑稽な映画です」

パスカル・プザドゥー「今を最大限生きることの重要性を伝えたい」

映画『92歳のパリジェンヌ』(パスカル・プザドゥー監督)
©2015 FIDÉLITÉ FILMS – WILD BUNCH – FRANCE 2 CINÉMA – FANTAISIE FILMS
「私も友人の最期に付き添ったことがありましたが、彼は病気の若者でした。私は30歳で、忍び寄る死というものに不慣れだったせいか、何かに失敗している感覚を抱いていました。ノエル・シャトレの本を読んで、彼女と彼女の母親は、私と友達より、はるかに多くのものを共有していたことを確認しました。それは根本を揺るがすことに思えたのです。私はこれを映画にしたいと思いました。誰かの死に際して後悔することがないよう、今を最大限、生きることの重要性を、自分の経験を生かして伝えるために。失った人のことを恋しく思ったり、悲しみを感じたりするのは仕方ありませんが、後悔するのは最悪です。

いつの日か、高齢者が自由になれることを願って、作った映画です。彼らが望むなら、苦しまずに逝けるように。私はノエル・シャトレから預かった本物の手紙を再現しました。そこには、次のように書かれていました。「私は人生に成功した。助産師という仕事を愛し、夫のおかげで幸せだった。ここにあなたたち全員が元気でいてくれてラッキーだ」と。これは人生に対する最高にポジティブな賛歌です。

私が目指したのは、簡潔で節度のある演出です。これまでの作品とは反対だと言ってもいいでしょう。本作を制作中、プロデューサーは何度も私に言いました。「自分を信じろ」と。人生で初めて、観客の興味を引くような効果的な表現を求めることをしなかったのです。静寂や、会話の代わりに物語るまなざしを表現し、ワンシーンワンカットで、音楽の使用を極力、控えました。映画が死に近づけば近づくほど、光の方へ向かうようにしたかったのです」

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