ケン・ローチ監督『家族を想うとき』インタビュー

名匠ケン・ローチ監督が映画で現代社会の問題を訴える!

映画インタビュー

名匠ケン・ローチ監督が映画で現代社会の問題を訴える!

名匠ケン・ローチ監督が映画『家族を想うとき』(原題 Sorry We Missed You)公開を目前にし、引退を撤回した経緯、現代の働き方の問題、リアルなキャラクターづくりについてインタビューで語った。

ケン・ローチ監督『家族を想うとき』インタビュー
ケン・ローチ監督、カンヌ国際映画祭にて
© Kazuko Wakayama

前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』で2度目となるカンヌ映画祭最高賞パルムドール受賞を果たし、映画界からの引退を表明していた名匠ケン・ローチ監督。同作うは日本でも大ヒットを記録した。

『夜空に星のあるように』で長編映画監督デビューを果たし、『ケス』『リフ・ラフ』『レイニング・ストーンズ』『ブレッド&ローズ』『スイート・シクスティーン』『麦の穂をゆらす風』など、これまで半世紀以上にわたり、労働者に寄り添い厳しい現実を描き続けてきた。引退宣言を撤回してまで描きたかったのは、グローバル経済が加速する中で変わっていく人々の働き方と、時代の波に翻弄される「現代の家族の姿」。

個人事業主とは名ばかりで、理不尽なシステムによる過酷な労働条件に振り回されながら、家族のために働き続ける父。そんな父を少しでも支えようと互いを思いやり懸命に生き抜く母と子供たち。日本でも日々取り上げられている労働問題と重なり、観る者は現代社会が失いつつある家族の美しくも力強い絆。

引退を撤回した経緯について、「『わたしは、ダニエル・ブレイク』を撮り終えた後、多分、これが私の最後の映画になると考えていた。でも、リサーチのために出かけたフード・バンクのことが心に残って…。そこに訪れる人々が、パートタイムやゼロ時間契約(=雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する労働契約、オンコール労働者ともいう)で働いていた。いわゆる(インターネット経由で、非正規雇用者が企業から単発または短期の仕事を請け負う労働環境)ギグエコノミー、自営業者あるいはエージェンシー・ワーカー(代理店に雇われている人)、パートタイムに雇用形態を切り替えられた、新しいタイプの働き方をする労働者のことが、忘れられなかった。次第に『わたしは、ダニエル・ブレイク』と対をなす、作る価値があるテーマだと思った」と振り返る。

家族を想うとき(原題 Sorry We Missed You )
photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

本作の脚本は『カルラの歌』以降これまで長きにわたりローチ監督とタッグを組んできた、ポール・ラヴァティが担当。イギリスで実際にフランチャイズの配送ドライバーをする男性が、病気の治療のために仕事を休もうとするも、交代要員を見つけられず罰金が課され、ストレスと負債が重なる状況で働き続けたことで、合併症で亡くなってしまったことに着想を得たという。

ポールとのリサーチで、何人かのドライバーと会ったことを振り返りながら「生活をするために働かなければならない時間の長さと、仕事の不安定さに驚愕したよ。彼らは自営業者で、理論上は自分たちのビジネスなので、もし何か不具合が生じたら、すべてのリスクを背負わなければいけないんだ。配送がうまくいかなければ、彼らはダニエル・ブレイクと同じような制裁を受けることになる」と過酷な働き方ついて振り返る。

主人公のリッキー役には、これまで自営業の配管工として20年間、一生懸命働いた経験を持ち、40歳になってから演技をはじめたという、クリス・ヒッチェンを抜擢。リッキーのキャラクターについては「マイホームを購入するために、これまで建設作業員として真面目に働いてきたけど、銀行と住宅金融組合の破綻が同時に起こり、その後は職を転々とするようになってしまう。リッキーは、稼げそうな宅配ドライバーとして働くことを決意し、再び普通の生活に戻れるチャンスを掴もうとする。だから、自らが率先して、へとへとになるまで働かなければいけなくなってしまう」と話す。

入念なリサーチに加え、実際のキャラクターと同じような境遇の役者をキャスティングし、労働者のリアルな姿を追求したローチ監督。「出演しているドライバーたちは、殆ど全員が現役のドライバーか元ドライバー。彼らは実際の仕事の段取りやプロセス、そして仕事を素早く成し遂げることのプレッシャーを理解しているから」とこだわりを語る。

アビー役のデビー・ハニーウッドは、ラーニング・サポート・アシスタント(教育現場で、生徒・教師のサポートをする仕事)として働き、実際に10代の息子を持つ母親をキャスティングした。

アビーについては「幸せな結婚生活を送っている母親で、リッキーと信頼関係もあり、子供たちに対しては良い両親になろうと努力している。だけど、彼女も家にいられないほど一所懸命に働かなければならず、さらに、便数のないバスで通勤しているため、長時間仕事に拘束されてしまう」という。

ふたりの子供については「息子のセブは16歳だけど、彼を見守るべき両親が共に仕事で不在がちなせいで、道を踏み外していってしまう。両親は、セブが学校から逃げ出し、トラブルを起こしていると思っている。リッキーは考えが保守的だから、セブと対立してしまうけど、彼には両親が気づいていない、芸術的でクリエイティブな才能がある」。また、娘のライザ・ジェーンについては、「とても聡明な子で、ユーモアのセンスがある。家族の中の仲裁役として、全員がバラバラになってしまいそうになった時、彼女は家族を一つにまとめようとするんだ」。

最後に、本作で問いかけているメッセージについて「1日14時間、くたくたになるまで働いているバンのドライバーを介して買った物を手に入れるということが、持続可能なシステムなのか?」と問いかけ、さらに「友人や家族の関係性までに影響を及ぼしてしまうほどの、プレッシャーのもとで人々が働き、人生を狭めるような世界を、私たちは望んでいるのだろうか?資本主義のシステムは、金を儲けることが目的で、労働者の生活の質には関係がない。ごく普通の家族が、ワーキング・プアに追い込まれてしまう。だから登場人物に共感し、彼らと共に笑い、彼らの問題を自分ごとのように感じて欲しい」と熱い思いを言葉にした。

83歳の名匠が再び立ち上がり、どうしても訴えたかった、現代社会への怒りのメッセージを、ぜひ劇場で受け取ってほしい。

映画『家族を想うとき』(ロングライド 配給)は2019年12月13日[金]よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
©Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

映画『家族を想うとき』予告編

©Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

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